結局、どんなかたちでも編集者に原稿を渡してしまえば自分の仕事は果たしたと考えている著者がほとんどなのだ。これまでに何冊も本を出している著者であっても本がどのように制作されていくのか、そのことに驚くほど無知なのだ。あるいは関心がないのだろう。
かつて印刷所への入稿がデータ入稿でなかった時代はそれでも良かった。原稿を組む作業は印刷所の仕事だったから。ところが最近は文字中心の書籍の場合、inDesignなどを使って本文組まで編集者がやることが珍しくなくなった。私の場合、ここ5年ほどに編集した書籍はすべて自分で版下製作までするようになった。著者から渡された原稿は仕上がりに近い形で赤を入れていきたいので、いったんプレーンなテキストにしたものをinDesignに流して体裁を整えてからリライト、校正にかかる。図版の多い本ではこの段階でサムネールをつくって全体の流れを確認する。
ところで、データの受け渡しにフロッピーという道具を使わなくなってどのくらい経つのだろう。最近はもっぱらメール添付か、少し大きなデータは宅ファイル便、手渡しのデータもUSBメモリーに変わった。
時代は日進月歩、と思っていたら最近、フロッピーで原稿を渡された。原稿の主に中身を問うと、「ワープロで打った。一太郎で」と。うーん、これは手強い。私はMAC SEの時代からMacintosh一本槍。MACでは互換性がなくて、刃が立たない。Windowsにすればいいではないかと言われるが、Macに慣れた人間にはWinのあの汚い画面で仕事をする気になれない。知り合いの事務所でWinのワードに変換してもらい、さらにテキストフォーマットに保存したものもつくってもらうことができて、ほっとした。
著者の皆さん、テキストはパソコンの機種に依らずに読めるシンプルテキスト(.txt)、画像データはテキストデータとは別にくださいね。ホントお願いしますよ。
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by lifefield
| 2011-07-21 12:10
| ライフフィールド研究所の日々